その本は、まるで宝物であるかのように、誰の目にも触れさせないかのように、
書庫の奥の奥に、布に包まれて眠っていた。
それが私の幸いです
それは、夕食時のことだった。祖父の葬儀の為に実家に帰っていた私は、翌日、
住んでいるマンションに帰ることになっていたので、しばらくはできない家族団らんの
食卓だった。
『みんなに話すことがあるの』と母が述べると、先程までにぎやかだった食卓が急に
静かになり、皆、母の顔に注目した。
母がそう言い出した時点で、母が何を言おうとしているのか、私は何となくわかっていた。
「おじいちゃんの家を、壊すことに決めました。」
「そうか、壊すのか。」
母の言葉に、何処か残念そうに父がつぶやく。
私は、いつか言い出すだろうと思っていたことなので、母の言葉を『あぁ、やっぱりか』と、
どこか諦めの気持ちで受け入れていた。
私は祖父が大好きだった。
私は両親は共働きで多忙だった為、いつも、近所に離れて暮らしている母方の祖父の家に
預けられていた。祖父は私の親代わりだった。祖母は、私が生まれる前に既に亡くなっていた。
だから祖父は寂しかったのだろう。私のことを、とても可愛がってくれた。
祖父は、奇妙な本を集めるのが趣味だった。
UFOがどうだとか、黒魔術がどうとかいうような本が書庫いっぱいに詰め込まれていた。
祖父のような高齢者は、普通は時代劇みたいなものに興味があるとばかり思っていたので、
そういう本ばかり読む祖父をどこか不思議な思いで見ていた。
母はそんな祖父の趣味が理解できなかったのだろう。そんな役に立たない本なんて捨てて
しまえばいいのにといつも口にしていて、その言葉を耳にするたび、祖父は困ったように
笑った。そんな祖父は、最近電話で話をした際、私にこう告げた。
「俺が死んだら、この家は壊してしまいなさい。書庫の本も、図書館に寄贈するなり捨てるなり
すればいい。その方が、おまえの母さんにとっても、いいだろう。そうだ、おまえに渡したいもの
があるんだ。近いうちに、こっちにこれないのかい?」
祖父はその3日後に、心臓発作で亡くなった。
あまりに急なことで、死の間際に立ち会うこともできなかった。
祖父が最後に何を渡そうとしていたのか、知ることも無く。
もっとはやく祖父に会いに行けていたらと、今となっては後悔するばかりだ。
母は祖父の言葉が自分の希望と同じだった為、葬儀の後すぐに決めたのだろう。
祖父の家は、祖父との思い出がいっぱいつまっている大切な場所だ。
諦めの気持ちはあったものの、やりきれない気持ちもあったので寂しくなった。
私は翌日、予定していた時間よりも早く家を出て祖父の家へ向かった。
母の話によれば、家にある家具を片付けたり、書庫の本を整理するやらで、
解体工事に入るまでには2週間ちょっとはかかるらしい。
それまでにもう一度その姿を目に焼き付けたくて、玄関の前でじっと家を見上げた。
もう二度と、こうやって見上げることもないのだ。祖父との思い出が、ついこの間の
ことのように思い出される。熱くなった目頭をこすり、足を踏み入れた。
家の中は、居るべき主がいないからか、静まり返っていた。
人のぬくもりがないだけで、とても寒く感じる。
何か、祖父が大切にしていたものが1つでも欲しい。
そう考えて、あの書庫の扉に手をかける。
あの母でも、流石に祖父との思い出のアルバムを捨てようとは思わないだろう。
けど、書庫の品は確実に処分されてしまう。そう思うと、足は勝手に書庫に向いた。
天井まで届きそうな高さの本棚に、ずらりと本が並んでいる。
まるで図書館のかのように、3列も並ぶ本棚に圧倒される。
こんなに多いと、やはり一体どれを貰おうか、選ぶのにも悩んでしまう。
二度と手にすることができないであろうものだから、特に祖父が大切にしていたものがいい。
ああでもないこうでもないと、書庫の奥にすすむ。
すると、一番奥の本棚に、小さな引き出しがついているものがあった。
気になってとってをひっぱるが、少し歪曲しているのか、ひっかかってなかなか開かない。
両足を肩幅くらい開いて思い切り引っ張ると、少しづつ少しづつ引き出しが出て。
ドタッ
最後はあまりに一気に動いたので、反動で後ろにひっくり返りそうになる。
引き出しの中には、風呂敷につつまれたものが入っていた。
そっと風呂敷をひらくと、古い書物のようなものが姿を現す。
ややぼろぼろになった黒い表紙。
そっとそれを撫でると、祖父のぬくもりが伝わってくるような気がする。
まるでその本は、私の手にとってもらいたがっているように思えた。
風呂敷に包んでいたものだから、大切にしていたものかもしれない。
時計を見ると、新幹線の時間が迫っていた。
私は中身をきちんと確認せず、風呂敷に包みなおしてそのままカバンに放り込み、
そのまま祖父の家を出た。
それから三日ほど、私はその存在を忘れていた。
実家に帰る時に使ったカバンは普段使うものではなかったので、今度ゆっくり見ようと
考えていてすっぽり頭から抜けていたのだ。
NARUTOの漫画を読んでいて偶然そのカバンを蹴飛ばしてしまった時に、転がり出てきて
思い出した。漫画を脇に置き、それを手に取る。表紙には何も文字がない。
パラリとページをめくると、こう書かれていた。
『これは貴方の会いたい人にあわせてくれる本である。
この図を月明かりにかざし、心の中で強く願え。
そうすれば願いはかなう。
7日間、その願いは持続するだろう。』
文章はそれだけだった。その下には、まるで悪魔でも召還するかのような五芒星にも似た印。
他のページは、まるでメモ帳か日記帳にでもしろというのか、白紙ばかりだった。
会いたい人にあわせてくれる本…。どうせ嘘にきまってる。
だって、私が会いたい人は。
一番会いたい人は、この世にいないのに。
私は脇においやった漫画を見遣る。
私は信じてなどいなかった。冗談のつもりだった。
くしくも今は夜。月明かりが綺麗だ。部屋の電気を消し、本の図を光にかざして願う。
もしかしたらという、ほんの少しの希望も込めて。
………………。
もう5分は経っただろうか。何の変化もない。やはり嘘だったのだ。
私は肩を落とすと、部屋の電気をつけようと振り返り、異変に気づいた。
ゆっくりゆっくりスイッチに近づき、電気をつける。
その異変は、確信にかわった。
片目を隠した銀髪の青年が、目の前に横たわっていた。
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