そんなまさかという思いが頭の中を駆け巡り、何度も何度も目を擦る。
しかし幻でもなんでもない例の彼は、小さな寝息を立てて眠っていた。
はいはい歩きでにじり寄り、じっくりとその輪郭から口布、額宛に至るまで
その尊顔をじっくり観察する。
どう見てもそれは、正真正銘本物の………
はたけカカシだ。
「そんなバカなことが……。」
思わず声にだしてしまい、ばっと口を押さえる。
もし今彼を起こしてしまったなら、状況説明が大変なことになる。
もう少し私が落ち着いて、冷静に説明できる状況になってからの方がいい。
しばらくそのまま様子を見ていたが、胸がゆるやかに上下し、ぐっすり寝入っている。
どうやら起きてはいないらしい。
ほっと息をつくと、再びあの本を開いた。何度見ても、あの少ない文章しか書かれていない。
まさか、本当に…冗談みたいな願いが叶うなんて。
この図に一体どんな力があるっていu………。
ダンッ!
刹那、大きな衝撃が鳩尾と背中に走り、ぐっと息がつまった。
背中に壁を感じる。
崩れるように私は前のめりになっておなかを押さえ、横にばたりと倒れた。
「………っ…………ぅ…………。」
満足に声を発することも出来ない。
呼吸が困難で、何度吸っても吸っても酸素がとりいれられない。
倒れた私の瞳にあの鋭く赤い眼光が貫く。
鳩尾には、えぐられるような痛みが残っている。
そこで初めて私は、思い切りおなかを殴られたのだと気づいた。
「おまえは誰だ。どこの忍びだ。答えるならば、今しばらくは生かす。」
アニメや漫画ではわからなかった。彼が敵とみなした人間への態度がここまで恐ろしいモノだとは、
実際に体感するまでわかるはずがない。
先程の声で私の存在に気づき、自分の部屋に他国の忍びが侵入したと考えたのだろう。
だから、あの本を見ていた私に瞬時に近づき、思い切り鳩尾を殴って壁にふっとばした。
鳩尾と背中の痛みは、そのせいだろう。
ゆっくりと呼吸は楽になっていったが、痛みはまだおさまりそうにない。
彼はゆっくりと私の傍に歩み寄る。
その瞳は燃えるような怒気がこもり、私の背筋を凍らせるには充分だった。
私は死ぬんだろうか。
彼を呼び出したせいで、殺されてしまうんだろうか。
そしたら………。
今、何を考えた?私。
浮かんだ気持ちに、頭の中でぶんぶんと首を振る。
バカなことを考えるな!私!
「私は忍びじゃない。それにここは、私の部屋です。」
私は痛むおなかを押さえながら、ゆっくりと身体を起こしそう告げる。
その言葉は、近づいてくる彼の動きを止めた。
「そんなわけな………………。」
彼はそう言いかけて周囲を見回し、押し黙った。動揺して目が泳いでいる。
それもそうだ。家で寝ていたはずだろうに、気づいたら見知らぬ私の部屋にいるのだから。
私が自分の部屋に侵入した敵だと判断した時でさえあんな対応だったのに、冗談みたいな理由で
ここに呼び出されたのだと知ったら――――――――――――――――――――。
「何でこんなとこに……。」
事態に気づいて放心しながら呟く彼を見ると、元凶である私は胸が痛い。
彼が理由を知った時のことを想像するとこの部屋から逃げ出したくなるけれど…………
説明しないわけにはいかないだろう。
私はあの本を彼の方に差し出した。
「この本を見ていただけたら、なんとなく理解できると思います……。」
「本…?」
彼はパラリとページをめくり、中に目を通す。私は彼が私の上からどいたのを見計らい、
ゆっくり後ずさりして、その姿を固唾を呑んで見守る。
「会いたい人に…………出会える……。」
「はい…窓の外を見ていただければ、もっと詳しい状況がお分かりになるかと。」
彼は頷き、窓に近づいてカーテンを開く。
そこには、アパートの4階から覗く大都会の光が待ち受けていた。
彼は大きく目を見開く。
「何だこの景色…いつも見る景色じゃない…。」
「そうです。ここは、貴方の住む世界じゃない。貴方の住む世界は、私の世界では
漫画の中の世界なんです。」
バッっと、NARUTOの漫画を彼に向かって掲げ、中をパラパラと開いてみせる。
中には、はたけカカシが再不斬と戦い、再不斬が散っていくまでが鮮明に
描かれている。
「このように貴方は…この世界では、本の中の登場人物なんです。」
「これ、俺だ…。それに、これは実際にあったことで。でも、ここに描かれてて。
俺が…漫画のキャラクター?」
彼は困惑して状況があまり理解できていないのか、頭を抱えた。
「申し訳御座いませんでした!!!!!!!!」
そんな彼に向かって私は勢いよく土下座した。
「この本を手にしたとき、冗談のつもりで願ってみたらそれが叶ってしまったんです。
『この漫画のはたけカカシに会ってみたいかも』って思いまして、願ってみたら
こんなことに…。貴方の人生を狂わせてしまい、申し訳御座いませんでした!」
「ちょっ…いや、そこまで謝らなくてもいい。御願いだから顔あげて。」
フローリングについた両手を掴まれて、ぐっと身体を起こされ、目があう。
あんなに鋭かった瞳は、ナルトやサクラに向けていたような、優しい色をしていた。
「大丈夫。俺も混乱してるけど、君も俺と同じくらい混乱してるんだろう?
おなか、思い切りやっちゃったよ。本当にごめん。」
落ち着いた声色で話しかけられ、緩急をつけて手首をぐっと握られる。
見知らぬ地に急に連れて来られて、漫画の登場人物であるとか、わけのわからない事実を
つきつけられて、見た目以上に彼はまいっているはずだ。
なのに自分のことをさしおいて、私のことを心配してくれている。
あぁ、なんてバカなことしちゃったんだろう。
本当に申し訳ない思いでいっぱいになり、気持ちが俯いていく。
「ホントに、ごめんなさい。」
ぽつりと呟くように泣きそうな声で言うと、ふっと目の前の空気が揺れた。
彼は、笑っていた。
「起こってしまったことは仕方が無い。これからどうするか2人で考えよう。
7日間、よろしく御願いします。」
こうして、私とカカシさんの不思議な共同生活がはじまった。