エンゲーブではあまり必要のないダークグレーのコートと、倒れて居た際
     一緒にあったというカバンをベットの上に並べた。
     私が唯一、この世界の者ではないという証拠品だ。
     車にぶつかった時の衝撃でふっとんだのか、黒革のカバンはところどころ地面に擦れた跡が
     あったけれど、使えないことはなさそうだった。
     カバンの中から、次々と入っている物をとりだす。
     バイト先へと急いでいたから適当に詰め込んだ為、さほど中に物は入っていない。
     財布、ハンドタオル、化粧ポーチ、そして携帯電話。
     この中でこの世界にない物は、財布の中のお金やカード、携帯電話。
     化粧品に書かれている文字も、この世界にはない文字なので証拠と言えるだろう。
     先生に事情を話す時、これを見せていたら私の言葉にもっと真実味をもってもらえたんじゃ
     ないだろうか。



     ピッ。



     携帯の電源を入れると、小さな電子音の後に待ち受け画面が立ち上がる。
     無論、画面の左上には『圏外』の文字。
     充電の為のコンセントなんてものはない。今ある電池が切れてしまったら、携帯はただの
     鉄屑になる。だがどうせ、圏外である以上使い道もなく、携帯電話を持っているのも私だけ
     なので、今も鉄屑であることに変わりない。
     さっさと電源を切り、コート以外全部カバンに詰め込む。


     
     先生にこれを持っていって改めて事情を説明してみようか…。



     そう思ったが、しかし、それは今更だ、とも思った。事情を説明して信用してもらえたところで、元のところに
     戻る方法も分かりゃしない。結局ここにお世話になるしかなく、何も変わらない。


     ここは、一体どこなんだろう。


     この世界は、元居たところとあまりに違いすぎた。最初は、自分が寝ていて夢を見ているんだと思っていた
     けれど、ここで体験したことはあまりに現実味をおびていて、夢や想像の世界だとは思えない。
     それに、ルーク達と会った時、頭に響いた言葉。その意味さえ、私にはわからない。


     私は何故、ここにいるんだろう。私は何をすべきなんだろう。


     私はベットに座ったまま、顔を両手で覆って俯いた。
     頭の中がぐちゃぐちゃでどうにかなりそうだった。



    パサッ。



     何かが落ちる音ではっと顔をあげる。
     すると、棚の上においておいたはずのあのベールが、床に落ちていた。
     拾い上げると、微かに漂う残り香。
     恐らくピオさんがつけていたのであろう香水の香。
     それほどきつくなく、それでいて良い匂い。
     何だか、元気がでてくるような、そんな明るい香。
     まるでピオさんに元気付けられているような、そんな気がした。



     
    「、ちょっといいかい?」



     コンコンッという軽いノック音の後、部屋にローズさんが顔をだす。
     忙しい合間を縫ってここに来たのか、額にうっすら汗がにじんでいる。
     


    「はい、いいですよ。何かお仕事ですか?」

    「セントビナーに食物を出荷するんだけど、それに付き添って欲しいんだ。」
     
    

     重苦しい気分だったのに、自然と明るい声がでる程、気持ちが楽になっていたのが不思議だった。



    「あ、その荷物も全部持っておいで。」

    「…?」


     ローズさんは、ベットの上の荷物を指差して微笑んだ。






     ガタンガタンガタン。


     馬車に乗るのは、これで二度目だ。
     馬車の車輪が石にのりあげるたびに、その振動にうひゃっと声をあげてしまう。
     私が声をあげるたび、隣に座っているローズさんと、馬を操っているおじさんが笑う。
     そんななごやかな雰囲気の中、私はある疑問がずっとちらついていて、ローズさんを見ては
     視線をそらすのを何度も繰り返していた。視線に気づき、ローズさんが破顔する。



    「何か聞きたそうな顔だね。何で自分を同行させたのか。聞きたいのはそれだろう?」



     言い当てられてしまい、思わずごくんと唾をのみこむ。
     私が聞きたいのは、まさにそれだった。
     あんなに私が外に出ることを渋っていたはずなのに、同行させたのが不思議でならないのだ。
     


    「は記憶喪失だろう。つまりそれは、本当は頭の中に記憶が残ってるのに、その記憶が
     引き出せない状態だ。」



     私が相槌をうつと、ローズさんは続ける。



    「昨日、がグランコグマに行くってことになった時に思ったんだよ。街から一歩も出さないよりは、
     いろんな場所を見て刺激を受ければ、いつか記憶も戻るんじゃないかって。だから、あんたを
     ある人に託そうと思って同行してもらったんだ。」

    「ある人…?」

    「セントビナーで一番偉いお方だよ。実は昨日、すでに手紙は送っておいたんだ。事後承諾になるけど
     かまわないかい?」

    「私はかまいません。けど、先生に悪いなぁ…と。」



     ほんの数日ではあるが、補佐として働かせてくれた療養所の先生。
     先生に別れを告げられないのは、心残りだ。
     そんな私の想いをとりなすように、ローズさんは言う。



    「大丈夫、大丈夫。永遠の別れじゃあるまいし。何度だって会えるさ。戦争でも起こらない限りはね。」

    「せん・・・そう。」



     あまりに想像できないことに話が跳び、思わず口ごもる。
     戦争なんてものは、今まで居た世界では、他の国ではよくある話だが、日本じゃほとんど関係ないと
     言っていいくらい馴染みの薄いものだ。
     ここではそうじゃないんだろうか。



    「今、マルクトとキムラスカが緊張状態でね。戦争が起こる可能性が高まってるらしい。
     戦争じゃ、食料があると無いとじゃ戦局に大きな違いがでる。エンゲーブはあっというまに標的に
     なっちまうだろうね。」

    「…っ……恐ろしい話ですね。」

    「ああ、回避できたらいいんだがねぇ。」



     ローズさんはそう言ってため息をつく。
     戦争なんて、上の身分の人が得をするばかりで、庶民なんて巻き込まれるだけだ。
     けれど、上の人が命令したら、逃げることなんてできない。
     でも……



    「回避する為に出来ることは、何か無いんでしょうか?」

   

     私の質問に対し、ローズさんが口を開くか否かというとき、馬車の前に誰かが飛び出してきた。
     


    「そこの馬車、止まれーーーーー!!」

    「きゃっ!!」



     飛び出した誰かを避けるためにおじさんが急に手綱を引いたため、馬車上で身体がバランスを崩す。
     馬車の前には、見覚えのある赤髪の少年が立っていた。



    「ルーク…?」

    「あれ、そこに居るのはとローズさん?何でこんなところに?」



     それはこっちのセリフだった。
     ルークに続いて、ティアやジェイドさんやイオン、そして見知らぬ金髪の青年も姿を現す。
     何故彼らがこんなところに居るんだろう。
     確か、タルタロスという軍艦に乗り込んで去っていくところを、私は見ていた。
     そんな彼が、徒歩でこんなところに居るなんて、誰が想像できようか。



    「無駄な会話をしている暇はありませんよ、ルーク。」

    

     釘を刺すように入れられた横槍に、ルークがむっと眉間に皺を寄せる。



    「私達はセントビナーに食料を出荷するところです。馬車を止めるってことは、何か理由が
     あるんでしょう?」



     ローズさんが尋ねると、その言葉に、ジェイドさんが前へと出てくる。



    「セントビナー内に入りたいのですが、軍事上のある理由で、我々が中に入れないように、
     入り口を封鎖されてしまっているのです。申し訳ありませんが、その馬車の荷台に身を潜ませて
     いただけますか?」

    「お安い御用です。大佐にはいろいろお世話になってますからね。狭いですが、どうぞお乗り下さい。」



     ローズさんが了承すると、ジェイドさんは顔を綻ばせ、反対にルークの眉間の皺はより深くなった。
     自分じゃなくて、ジェイドさんが活躍しているのが気に食わないようだった。   


     
     next

     back



     日数とかありえなくねぇ?とかのつっこみはナシの方向で(遠い目