セントビナーの入り口は、いかめしい甲冑をつけた兵士が見張っていて、蟻どころか、
      ミジンコ一匹は入れそうも無い程厳重な警備だった。
      なるほど、これはルーク達がローズさんに頼んだ理由もわかる。
      そうまでして彼らを探そうという理由は何だろう。



     「そこの馬車、止まれ。」



      セントビナーに入ろうとしたところを、兵士の1人に呼び止められる。
      身を潜めているのは私ではないのに、私まで心臓が飛び出しそうな程緊張していた。
      あまりにドキドキしすぎて、兵士に恋していると勘違いしそうなくらいだ。
      ローズさんは肝がすわっているのか、落ち着いた様子で兵士に食料の入荷表を差し出す。
      中に入ることが出来た時には、どっと力が抜けてしまった。
      セントビナー内はマルクト領の為、別の地域の兵士であるあの人達は、中にまでは入って
      来ないらしい。そのおかげで、中ではゆっくりと彼らを馬車から降ろすことができた。



     「ご協力有難う御座いました。」

     「いえいえ、いいんですよ。私達は用事を終えたらエンゲーブに戻ります。」

     「またな、。」

     「うん、またね。」



      名残惜しむように手を振ると、ルークやティアも私に手を振り返してくれた。
      ジェイドさんとイオン、もう1人の青年は軽く会釈する。
      折角また会えたと言うのに、再びの別れ。寂しいけれど、それぞれに別の目的がある以上
      仕方がない。いつか再会できることを、願うだけだ。
      彼らが去ってしまうと、ローズさんは私に一通の手紙を手渡した。



     「今度は、の番。これをセントビナーの軍基地の衛兵に渡しな。そうすりゃ、マクガヴァンさんって
      方に会わせもらえる。」

     「その方が、私に会わせたいって言っていた偉い人ですね?」

     「そうさ。マクガヴァンさんは素晴らしい方だから、の力になってくださるはずだよ。エンゲーブに
      居たっていいんだろうけど、そこだと力になれる範囲が限られてしまうから…。」

     「充分、力になっていただきました。どうもありがとうございました。」

     「またね、。」

     「…またね、ローズさん、おじさん。」



      そのまま、ローズさんは私をぐっと抱きしめる。
      いきなりの圧迫感に息が詰まりそうになったが、その温もりはとても心地が良いものだった。
      ぽんぽんっと背中を、おじさんが軽く叩く。思わず胸が熱くなった。




     

      ローズさんから渡された手紙を軍基地の衛兵さんに手渡すと、私は応接間のようなところに案内され、
      しばらくここで待つようにと言われた。しばらくは、机を囲むように置かれた黒皮のラブソファーに背筋を
      ぴんっと伸ばして座っていたが、なかなか待ち人が来ないので疲れ、横になってみた。
      ふかふかで気持ちよく、慣れぬ生活の連続で疲れていたのか、次第に瞼が重くなる。
     そのせいで、扉をノックする音に対し、反応が遅れてしまった。。



     「おや、お疲れですか。」

     「ジェイドさん!?」



      顔を出したのは、先程別れたばかりのはずのジェイドさんだった。
      慌てて背筋をぴんっと伸ばして座りなおすと、ジェイドさんは破顔する。



    「あの、何故ここに?」

    「それはすぐにわかりますよ。」



      続いて、扉の向こうから長いヒゲをいくつにもわけて束ねたおじいさんが現れる。
     


    「お待たせして申し訳ない。セントビナー市長のマクガヴァンじゃ。」

    「私はと申します。」


     
     この人が、マクガヴァンさん…。
     頭を下げると、マクガヴァンさんは笑みを零した。物凄く良い人そうだ。
     着席を勧められおずおずと座ると、ジェイドさんは扉を背にした、私の左横のソファーに座り、
     私の正面にはマクガヴァンさんが座る。



    「どうやらジェイド坊やとは知り合いのようじゃの。それなら尚更、話は早そうじゃ。」

    「どういう意味ですか?」

    「私達の旅に、同行するのはどうかという提案があがっているのです。」



     私の質問に、マクガヴァンさんに代わってジェイドさんが順を追って説明をしてくれた。
     


    「話はマクガヴァンさんから伺っています。貴方の記憶喪失の為に、マクガヴァン元帥に貴方を
     託したそうですね。それは恐らく、ローズさんが助けられる範囲が狭いからだと思います。
     ローズ夫人は、どういうお方かおわかりですね?」

    「ローズさんは、マルクトのエンゲーブの長です。」

    「そう。そして、エンゲーブはマルクト国内に食料を出荷している村です。つまり、マルクト国内なら
     出荷を理由にどこへも足を運べます。」

    「…けど、他国となると、どうにもならない。」

    「そういうことです。もし貴方の記憶に関することが他国にある場合、ローズ夫人ではどうにもならない。
     それでローズ夫人はマクガヴァン元帥に依頼した。その時、丁度、私が現れた。私はキムラスカに、
     足を運ぶ予定があります。そこに目をつけたマクガヴァンさんが、私の旅に貴方を同行させては?と
     提案なさったんです。」



     ジェイドさん達の旅に同行する。
     それはとても甘美な響きに思えた。
     ルーク達とまた一緒に居れる上に、あの頭に浮かんだ言葉とか、知りたい山ほどある。
     私としては願ったり叶ったりだ。
     けど…。


     1つの現実が、私を立ち止まらせた。
     記憶喪失が嘘ということ。
     ジェイドさん達の旅に同行する理由は、『記憶を取り戻す為』。
     一緒に旅をしても取り戻す記憶や、元住んでいた世界さえ無いのに、旅をしても邪魔になるだけじゃ
     ないだろうか。
     躊躇するには充分な理由だった。
     だから、思わずこう尋ねてしまった。



    「お邪魔じゃありませんか…?」



     するとジェイドさんは即答する。



    「そうですね。厄介ごとが増えるという意味では、そうではないとは言い切れません。」

    「これ、ジェイド坊や。もっと言葉を選んだらどうじゃ。」

    「ですが、これは正直な気持ちです。」



     ジェイドさんのきつい言葉が胸に刺さる。けれど、エンゲーブからセントビナーへと来た私は、
     エンゲーブに戻るという選択肢はない。結局は、どこかにお世話になるしかないのだ。
     その時、ジェイドさんが付け足した言葉が、私の背中を後押しした。



    「しかし、興味深い存在であるとはいえます。一緒に旅をすることに、意味があるかもしれない。」

    「どういう意味ですか?」

    「…それはおいおいわかるでしょう。どうしますか?一緒に、旅をしてみますか?」



     ジェイドさんの言葉に戸惑い、一瞬口ごもる。
     けれど、私は無意識に大きな声でこう口走っていた。



    「行きたいです。行かせてください。」



     ジェイドさんは瞠目して頷く。



    「では、よろしく御願いします。さん。」



     私とジェイドさんは、ぎゅっと握手した。



       

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     やっと一緒に旅に出ます!