護衛としてつけられた兵士さんと一緒にエンゲーブに帰ったら、
     ローズさんの目線が痛かった。


     チーグルの森に居た時間は長く感じたのに、実際はほんの数時間しか経っておらず、
     お昼の時間にもなっていなかった。
     あれから、ルーク達はどうしたんだろう。

     あの時、ルーク達とずっと居たのに、私はあっさりと帰されてしまった。
     確かに、無関係の人間かもしれない。
     イオンやティアやルークやジェイドさんがどんな人なのかも知らない。
     だけど……一緒に居れた時間は貴重で、とても楽しかった。
     だからこそ、あっさり帰らされたことが寂しかった。
     たとえ役立たずでも、一緒に居れたらよかったのに…。



    「、眉間に皺寄ってるぞ。何かあったか?」

    「うん…ローズさんにエンゲーブからの外出禁止令だされた。でも、外にでたくて
     出たくてうずうずしちゃって。」


     昼食を終えて入り口前でうろうろしていたら、果物屋のおじさんが私に声をかけてくれた。
     黙って外出してしまったせいで、ローズさんに出されてしまった「禁止令」。
     でも、もう二十歳を超えた女性に、外で悪戯とか変なことしてくる子どもじゃないのに
     外出禁止というのも厳しくないだろうか…。それも、自分のせいだから仕方ないけど。
     おじさんは何か私の気を紛らわす方法が無いか考えているのか、うーんと考え込んで
     うなる。ややあって、おじさんは私の顔を見た。何かいい考えが浮かんだらしい。


    「誰かがつきそって、許可があるなら出てもいいんだろ?なら、俺の仕事についてくるか?」

    「仕事って、何処に?」

    「グランコグマに果物を納品するんだ。行きたいなら、俺がローズさんに頼んでやるよ。
     の記憶が戻るきっかけになるかもしれないし、気晴らしにもなるだろ。
     といっても、夜には戻るから日帰りだけどな。」

    「行く!行きます!!行きたいっ!」


     水の都グランコグマ。
     ローズさんやいろんな人に聞いた話によると、水が滝になって流れてるとか…ともかく
     水がいっぱいの綺麗なところらしい。水の都というと、ヴェネチアが頭に浮かぶ。
     ヴェネチアみたいに、船で水路を渡って移動するとか、そんな感じなんだろうか?
     想像するだけで、楽しみでドキドキしてくる。
     ローズさんは渋い顔をしていたけれど、おじさんの口ぞえもあってなんとか了承してくれた。
     「私の記憶が戻る可能性がある」という言葉に、心が動かされたらしい。
     その記憶自体がないのに、戻るはずがないんだけど…。






     そしてやって来たグランコグマ…。

     
     どどうどどうどどう。
     絶え間なく流れ落ちる水。滝からけぶるように舞い上がる霧。
     その雄大な景色に目を奪われ、呆けて見入ってしまった。
     こんな綺麗な景色、写真程度でしか見たこと無い。
     しかもこれが人工のものらしいというから驚きだ。


    「見事な滝だろう?俺が自慢することじゃねぇんだけどよ。王城の謁見の間から見える滝は、
     もっと見事らしい。けど、貴族とか高官でもない限り、見れるわけねぇなぁ。」


     おじさんは、ほぅっと思い馳せるように、ため息をついた。
     私もそんな情景に思いを馳せ、同じようにため息をつく。
     これ以上に綺麗に見えるなんて、一度は見てみたい。
     

    「じゃ、俺は納品してくる。は自由に観光でもしてるといい。作業が終わったら、ここに戻る
     から、適当に時間潰して戻って来いよ。」

    「有難う、おじさん。」


     おじさんは、馬車の荷台から降ろした果物の箱を抱えて、商店街へ向かう。
     私はその背中が見えなくなるまでその姿を見ていた。
     
     さて…どうしようかな…。
     ローズさんに、お土産でも買おうかな。

     財布には、先生の助手をして手に入れたお金がある。
     あんまり高いものは買えないけれど、お世話になっている御礼に何かあげたい。
     勿論、ここまで連れて来てくれたおじさんにも。後、先生にも。
     どれくらい中身があったか確認しようと、懐から財布を取り出した。


     ドンッ。


     その時、背後から誰かにぶつかられ、よろけて思い切り尻餅をついた。
     同時に少し離れた所に落ちた財布を、私にぶつかってきたらしき人物が掴んで、逃げ出す。
     泥棒だ!!!


    「泥棒!誰か捕まえてーーー!」


     私の叫びも虚しく、犯人はどんどん先に行ってしまう。
     慌てて起き上がって追いかけたが、だいぶ距離があいているのでなかなか追いつけない。

     
     ここは王都なんでしょう!?治安悪くていいわけ?警備の兵士とかいないの?


     何かぶつけて止めようと、石を掴んでプロ野球の投手のごとく構えたら、泥棒はベールのような
     ものを被った人に足をひっかけられ、思い切り地面に転がった。
     
     
    「これ、おまえの財布か?」


     そのベールの人物は、泥棒が掴んでいた財布を拾い、追いついた私の目の前にちらつかせてくる。
     その体躯からすると、どうやら男性のようだ。
     

    「はい!私の財布です!こいつに盗まれて…って、あーー逃げた!」


     泥棒は、隙を突いてすでに逃げ出していた。なんて素早いんだろう。


    「あー…悪い。俺がきちんと捕まえてなかったのが悪かったな。まぁ、顔は覚えたし、
     兵にでも知らせて捕まえさせる。」


     男性は暑いのか被っていたベールを払いのけ、それをうちわのように使って自分をあおぐ。
     その風になびく金の髪と、日に焼けた肌のコントラストが綺麗だった。
     髪には小さな髪飾りのようなものをつけている。
     暑いなら最初からベールなんてつけなきゃいいのに。


    「ほら、財布。」

    「有難う御座います!」


     財布を受け取り、二度と離さないよう抱きしめる。私が嬉しそうに笑うと、男性もつられた様に
     嬉しそうに笑う。


    「あの…そういえば、兵に捕まえさせるって言ってましたけど、そういうのを自由に扱えるって
     ことは、身分が高い方なんですか?」

    「そりゃあ、俺は王……じゃない、貴族だからな。」


     そういって何処かごまかすように話す男性はどこか挙動不審に見える。
     本当に貴族なんだろうか?
     でも、着ている服はなんだか高そうだから、身分が高いのは事実のようだ。


    「貴族なのに、こんなところに1人でうろうろしてていいんですか?危ないでしょう?」

    「あー大丈夫大丈夫。武術は身に着けてるから。そういや、何処か行くとこか?」

    「はい、実はエンゲーブから、はじめて此処に来たんです。知人にお土産を買いたいので、
     何処か良い店が無いか探していたところなんです。」

    「ほぅ、はじめてか。じゃあ案内してやろうか?」

    「いいんですか?そうしてもらえると嬉しいですけど。」

    「良い、良い。し…屋敷にいると堅苦しくて、お忍びで出てきたとこだ。だからといって、
     することもないし、案内してやる。グランコグマのことは俺にまかせとけ。」


     そう言って男性は胸を張る。
     なるほど、お忍びだからあんなベールを被っていたわけだ。変装のつもりだったらしい。
     でも、逆に目立っていたような気がする。

     はじめて会った人に案内を頼むのは無用心かもしれない。
     だけど、彼の笑顔はまっさらで屈託がない感じで、悪い人のようには思えなかった。
     貴族にしては、偉そうな感じもなくていい。


    「じゃあ御願いします。お名前は何ていうんですか?私はと言います。」

    「俺は……ピオ!ピオだ!ピオって呼んでくれ!」

    「……?」


     またちょっと挙動不審になったピオさんに案内してもらい、店を探すついでにグランコグマ
     内を案内してもらうことにした。 






    「これで、土産は出来たのか?」

    「はい!ローズさんにショール、おじさんに上着、先生にメガネケース。これで大丈夫です。」


     購入したものを確認しながら告げると、ピオさんは1つ1つ確認するたびに一緒に頷く。
     ピオさんに案内してもらって、お土産は買えた。後は観光名所を案内してやると言われて、
     通りをぶらつく。
     またおじさんと待ち合わせの場所に戻ってきたけれど、まだおじさんは戻っていなかった。
     やっぱりそこからの景色は雄大で綺麗だった。
     そういえば…貴族のピオさんはあれを見たことあるのかな。


    「あの、ピオさんはお城に入ったことはありますか?」

    「え、城!?何だ?いきなり。」


     城という言葉にかなりびくついている。何かトラウマでもあるんだろうか。


    「知人から、城の謁見の間から見れる滝の光景が綺麗らしいって聞いたので、貴族のピオさん
     なら、拝見したことがあるかと思いまして。」

    「あぁ、あれか。あんなもん、たいした事無い。すぐに見飽きる。」

    「見飽きるって、そんなに何度も見てるんですか?」

    「毎日のようにな。」

    
     毎日ってことは、王様に仕える高官なんですか?と聞こうとしたが、すぐに口をつぐんだ。
     ピオさんが、どこか寂しそうな、遠くを見るような表情をしていたから。


    「飽きるもんなんですかね。」


     何も気づかなかったフリをして、続ける。


    「毎日見れば、だって飽きるだろ?毎日同じ光景、毎日見る同じ顔、毎日同じ作業。
     する内容は変わっても、ほぼ似通った行動をしなきゃならない毎日。飽きるなって方が
     無理だ。」


     確かに、それは飽きるかもしれない。だけど。


    「でも、こんな素晴らしい光景を毎日見れるのは、私にとってはすごく素敵なことに思えます。
     朝はやくに見れる光景はどんな感じなんだろうか…とか、夕陽を受けたらどんな光景に
     なるんだろうか…とか、新しい発見があると思うんです。」

    「新しい発見……か。そんなこと、考えたこともなかったな。」


     思い馳せるように、ピオさんは水の流れを見上げる。
     すると、何かを思いついたように、ふっと笑った。


    「見たことがない光景が見つかった。」

    「どんな光景ですか?」


     ピオさんは、じっと私の顔を見る。


    「こんな風にゆっくり、誰かとこの景色を見ること。」


     その言葉に、嬉しくなって一緒に笑った。


    「そろそろ、俺、帰るわ。あんまり外に出てると、怒られるからな。今日は有難うな。」

    「いえ、それは私のセリフです!案内していただいて有難う御座いました。
     また、会えますか?」


     そう告げると、ピオさんはおもむろに私に、さっきまでかぶっていたベールを被せた。
     急に視界が暗くなって、動揺する。


    「ピオさん!?」


     ベールを外そうともぞもぞしていると、耳元辺りで声がかかる。


    「また会えるような気がする。なんとなく…な。」


     ぎゅっ。


     身体があったかいものに包まれ、何かが顔を撫でる感触。


    「ピオさん!!!???」


     身体から温もりが離れ、もぞつきながらベールを外すと、ピオさんの姿はすでにそこに
     なかった。
     まるで、ピオさんにあったこと自体が夢の中の出来事みたいだ。
     だけど確かにそこにピオさんのベールは残っていて、体に感触も残っている。


     私はおじさんが戻ってくるまで、頭がぽぅっとなりながらその場につったっていた。



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