「おい、。ほんとにこっちで間違ってないんだよな?」

    「え…うん…大丈夫よ!(多分)。」


     先程見かけたチーグルの後を急いで追ったものの、相手は野生。
     野生の生物は、敵から逃げる為に足が速かったり、気配を消すのが得意だったりする。
     しかもここはチーグルが生活する場であって、庭みたいなものだ。
     この森に慣れていない私たちは、あっという間にチーグルに逃げられてしまった。
     そうなると、後は私がチーグルを追いかけた時の記憶だけが頼りとなる。
     私は皆を先導して森を進んでいた。


     だが、しかーし。
     その記憶というのも途中までのこと。
     今は既にはじめましての領域に突入していた。
     だからといって皆の期待を背負ってる以上、今更

     『道がもうわからないの。』

     なんて言える状況ではなく…。
     とりあえず勘で道を進むばかり。二手に分かれた道に出ると、頭に浮かんだ方向へ進む。
     今のところなんとか道らしき道を進めているけれど、もし行き止まりになったらなんて言い訳しようとか、
     そんなことばかり考えていると、少し向こうの草むらでガサッと何かが動く音がした。


    「、下がって!魔物かもしれないわ!イオン様も私の後ろへ!」


     ティアがそう叫ぶと同時に、目の前にイノシシに似た生物が飛び出した。図鑑でしかイノシシなんて
     見たことはないけれど、それと違うというのははっきりわかる。目が真っ赤に染まっていて鋭い角が
     鼻の頭に何本も生えている。
     そいつは私の存在を確認すると、興奮したように前足を踏み鳴らし、臨戦態勢をとる。
     いけない、怒りに我を忘れてる…とか、ナ○シカの真似をしている場合じゃない。
     これが、ローズさんの言っていた魔物…。
     私ははじめてみた魔物に驚き、逃げようと思ったが出来なかった。少しでも動けば、飛び掛ってきそうな
     気がして動くことができなかった。


    「おい、そこを退け!」


     焦れたルークが腰につけた鞘から剣を引き抜くと、私を横の草むらに突き飛ばす。すると、
     魔物は向かってきたルークの脇をすり抜け、私に向かって一直線に襲い掛かってきた。
     私は尻餅をついていて起き上がることもできない。
     

     殺られる!


     私は咄嗟に腕で顔を覆って目を閉じた。
     まもなくやってくるであろう肉を切り裂く衝撃を待つ。
     しかしそれは起こらなかった。


    「危ない!」


     ティアの悲痛な叫びと共に目の前が陰り、鉄のさびたような匂いがひろがる。
     目を開けると、私の前に魔物に向かって立ちはだかったティアが杖を両手で掴んでつっぱり、
     魔物の角を必死に押し返していた。その腕からは血がしたたり落ちている。


    「おりゃーーーーーー!」


     そこを後ろからルークが剣を振り下ろして切りつけ、魔物は霧散して姿を消した。
     すぐさまティアは私に手を差し出して、身体を起こすのを手伝ってくれる。


    「大丈夫?。怪我はない?」

    「…っ……えぇ、怪我はないわ。それよりも、はやくそっちの手当てしないと!」

    「そうです。大丈夫ですか?ティア。」


     イオンもティアの怪我を心配して、近寄ってくる。魔物に襲われたことに驚いている暇など
     なかった。
     私は気が動転して、とりあえず止血の為にで怪我の部分を強く押さえると、ティアは
     心配させないようにする為か首を振った。


    「大丈夫よ。このくらいの怪我なら私の回復術で治せ……え?
     ……、手を離してもらえる?」


     ティアは何かに気づいたのか、動揺したかのように一瞬口ごもり、私の方を見た。


    「えぇ、わかったわ。どうかしたの?」


     ティアの動揺の意味は、すぐにわかった。
     私が手を離すと、怪我は何故かすっかりふさがっていて、陰も形もなかった。
     ティアのあの様子からすると、ティアの怪我の回復力が高いわけではないようだ。
     何故あの怪我が消えたのか、さっぱり検討がつかない。


    「もしかして、は第七音譜術士(セブンスフォニマー)なの?」


     セブンスフォニマー。確かローズさんに借りた本にそんなこと書いてあった気がする。
     回復術つかえるとか書いてあったから、「そんな力使えたら、先生のお仕事も手伝えて
     楽なのに。」なんてつぶやいた覚えがある。
     ティアの言葉に私は強く頭を振って否定した。


    「ううん。そんな力なんてない。今まで使えたことなんてないし。」


     そんなのあったら、私はブラウン管の向こうで人気の超能力者だ。
     お金持ちになるのも夢じゃない。そんなの使える人間が、普通に大学に通って、
     親からの仕送りだけじゃ苦しいからってバイト三昧の人生を送ってるわけがない。


    「…もしかしたら、その素質があったことに気づいていなかっただけかもしれないわ。
     現に、今、私の腕の怪我を治したもの。」

    「え、私が治したの?それ…。」

    「じゃないと、説明がつかないでしょう?私は何もしていないもの。」

    「………私が………。」


     不思議な力が私に…。
     何となく実感ができなくて、両手を広げて握ったり閉じたりしてみる。
     

    「今まで、貴方にその素養があるとわかるきっかけは無かったの?」

    
     私は再び頭を強く振る。
     あるわけがない。私が今まで居たところ…あえてこの夢の世界を異世界と表現するなら、
     この異世界の出来事はあまりにも、私の世界とかけ離れている。私の世界にそんな力が
     あるわけがない。夢は所詮夢だ。
     やはり、この言い訳で通すしかない。


    「私、記憶喪失で、今までのことをあまり覚えていないの。少しづつ思い出していこうと
     努力してるとこ。だから、そういうのもわからなくて。」

    「ふーん、おまえも記憶喪失経験者か。」


     先程まで黙っていたルークが、私の『記憶喪失』という言葉を耳にすると、声をあげた。


    「経験者って…ルークも記憶喪失なの?」
     
    「あぁ。マルクトの奴に昔誘拐されて、そのショックかなんかで記憶喪失。つっても、10年前
     だけどな。」

    「そっか…大変だったんだね。」

    「そんなことどうでもいい。早く行かねぇと日が暮れるっつーの。喋ってないで、早く行こうぜ。」

    「それもそうね。、早く記憶が取り戻せるといいわね。」

    「うん・・・そうね。」


     本当に記憶喪失なわけではないので、他人行儀な反応しかできない。
     私たちは気を取り直して、再び歩きはじめた。

    *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


    「あ、何か落ちています!」


     イオンの目線の先には、赤い林檎が1つ落ちていた。拾い上げて確認すると、林檎には
     エンゲーブの商品であることを表す焼印がしっかりとついていた。


    「チーグルが落とした物かもしれません。」

    「つーことは、ここが奴らのアジトってわけか?」


     ルークの言い様は、まるでチーグルが悪の親玉みたいな言い方だ。
     目の前には、この森の中でも一際大きな木がそびえたっている。その木のうろの中に、
     一匹のチーグルが飛び込んでいったのが、予想を確定させた。
     どうやらここまでの道のりは、私の勘が当ったらしい。


    「中に入るぞ。」


     何処か意気込んだ様子でルークが一足先に中に入り、その後をティアとイオンが追う。
     私も中に入ろうとすると、背後でガサッという葉擦れの音がした。


    「みゅ……。」


     私が振り向くと、草むらから一匹のチーグルが顔をだした。
     同じように中に入りたいみたいだけれど、私が入り口の前にいるのでどうしようか
     迷っているように見える。


    「おいで…悪いことはしないよ。大丈夫。」


     しゃがんで手を差し出すと、怯えたのか一瞬ビクッっとして草むらの中に頭を引っ込める。
     私がじっとそのままの態勢で待ち続けると、再びチーグルはこちらに顔を覗かせた。
     悪人なのか善人なのか見定めるように、まっすぐに私と目線を通わせる。
     

    「大丈夫だよ。おいで。」


     そう言ってにこりと微笑みかけると、チーグルは恐る恐るこちらに近づいてきた。
     今、動いてはいけない。言葉を発してもならない。それらは、心を開きかけたチーグルに
     恐怖心を与えてしまう。全てが無駄になってしまう。
     

    「みゅみゅ…みゅう。」


     チーグルは私の手の匂いを嗅ぐと、じっと私の顔を見上げた。
     心なしか、硬さが消えている気がする。怯えが薄らいでいる気がする。
     ふとチーグルの右足を見ると、小さく血が流れていた。

     魔物にやられたんだろうか。それとも何か別の?
     もし、本当に私に怪我を治す力があるのなら…。


    「怪我、治してあげるね。」


     もう片方の手も差し出して、ゆっくりチーグルに触れる。チーグルが私の言葉を理解した
     のか定かでは無いが、信頼したのか動くことは無かった。抱き上げて、怪我の部分に手を
     近づける。

     うまくいくかはわからない。
     だけど、治して上げられるなら治したい。
     御願い…。


     祈るような気持ちでそこに手をあて、ぎゅっと目を閉じた。すると、僅かではあるが、掌が
     熱くなった気がした。身体の奥から何かが湧き上がっていくような感覚が、全身を満たす。
     そしてまるで、強い水流のようなものを全身に浴びているような感覚。目を開けると、
     掌から青い光のようなものを放っていた。それがすいこまれるようにチーグルの怪我へと
     向かい、怪我が癒えていく。それは5秒もかからなかった。


    「…ホントに使えるんだ、私…。」


     チーグルをゆっくりと地面に降ろし、もう元の感覚に戻った掌を握り締める。


    「みゅみゅみゅー!」


     まるで「ありがとう」とでも言っているかのように、チーグルは声をあげた。
     でも実際のところ、何て言ってるかなんてわからない。
     ドラ○もんのほんやくコンニャクでも出して欲しい。


    「そんなとこで何やってんだ。さっさと行くぞ。」

    「へ?あれ、ルーク?チーグルはどうなったの?それに、そのチーグル…。」


     いつのまにか、中に入ったはずルークが背後に立っていて、その肩には小さな青い
     チーグルがちょこんと乗っている。


    「ボクはミュウですの!ご一緒させてもらうですの!」

    「え、あ、どうも、私はです。って、チーグルが喋ってる…!?しかもご一緒って、
     もうエンゲーブに帰るの?」

    「ルーク、説明が足りないわ。は中で説明を受けなかったんだから、わかるわけ
     ないでしょう?」


     その後ろから顔をだしたティアがルークをたしなめると、ルークは露骨に嫌そうな
     顔をして口をへの字に曲げた。なんていうか、ルークはある意味正直な性格を
     しているように思う…。
     見た目は高校生くらいに見えるのに、まるで小さな子どものような反応だ。
     そんな不貞腐れたルークの代わりに、ティアがきちんと説明してくれた。


    「実は、チーグルが食べ物を盗んでいたのは、ライガっていう魔物のせいらしいの。」


     つまりはこういうことらしい。
     このミュウというチーグルが放った火がライガの住みかを燃やしてしまい、
     それに怒ったライガのボスがチーグルの森に住み着いて、餌よこさないと
     おまえらを食べると強迫した。それで、そのライガのボスに、御願いだから
     どうか考え直してくれないかと交渉するのだと。
     
     いくら住みかを奪われたからって、その原因であるチーグルを食べるなんて・・・。
     弱肉強食とはいうけれど、あまりにかわいそうだ。


    「・・・・・・・・・がくれたっていうこれがあれば、チーグルの言葉がわかるらしいぜ。」

    「え?」

    
     まずい。考え事をしてたせいで、ルークの話を聞いていなかった。
     ルークの指差す先には、チーグルが腰につけているものがある。


    「『え』じゃねぇよ。俺の話を聞いてなかったのか?」

    「う・・・いや、聞いてた聞いてた!この指輪があれば、チーグルの言葉がわかるのね。」

    「そうそう。この指輪をつけたミュウに、交渉役をさせるってわけだ。んじゃ、行くぜ。」

    「そうですね。森は深いですから、早くしないと日が暮れてしまいます。急ぎましょう。」


     私がイオンとルークの言葉に頷いて一緒に歩き出すと、ティアがじっと私を
     見ていることに気づいた。
     

    「どうかした?ティア。」

    「ううん。なんでもないわ。行きましょう。」

    「・・・?」

     
     一体、ティアはどうしたんだろうか?
     少し気になりはしたものの、あの様子からすると今は話す気はないようだ。
     今にわかる時がくるだろう。

     私たちはライガの元へ向かった。



       
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       進むの遅すぎる・・・!いつになったらアクゼリュスにいけるんでしょうね・・・(遠い目