視線にひるんでいる暇などなかった。
私の言葉一つで、1人の人間の無実が証明されるのだから。
「突然の無礼をお許し下さい。
私は先程、チーグルが食料庫から林檎を持って出て行くのを見たんです。
それを追いかけたら、チーグルの森の中で見失ってしまいました。
犯人はチーグルです!彼じゃありません!」
私がそう告げると、それを受けてローズさんの顔が渋くなった。
「チーグルの森って……、あんたは1人で森の中に行ったのかい?」
「あっ!!う…………えと…………すみません……。」
すっかり忘れていた。ローズさんとの約束を破って森に入ったこと。
あんなに覇気があった声も、尻つぼみに小さくなる。
私が肩を縮こませて小さくなると、ローズさんとの間に白服の少年が割って入った。
「怒らないであげてください。彼女のおかげで、恐らくチーグルが犯人であるという
確定が出来ましたから。」
「…仕方ない。イオン様がそうおっしゃるなら。今回だけだよ、。」
ローズさんの言葉に大人しく頷く。
ローズさんは拾った私を自分の娘のように思っているのか、すごく気にかけてくれる。
そのせいか、いささか心配しすぎる節がある。私が1人で薬草をとりに行っただけでも
ローズさんは心配し、その際についた傷―草でちょっとついた傷―であっても
心配して怒るほどだった。それは私が記憶を無くしているということを心配しての行動
ではあるが、さすがに窮屈だ。それに、怒った時はかなり怖い。
なので、白服の少年に庇われた時は正直、いやかなり嬉しかった。
身の安全の保障が出来てほっと息を吐くと、先程のツインテール少女のことを
思い出した。
イオン様…って、もしかして、さっきのツインテールの子が探してた人だろうか。
確かそんな名前を口にしていたような気がする。
皆が様付けをしているところを見ると、かなり身分が高いのだろう。
まじまじと見つめると、彼が首にかけているネックレスの飾りが目にとびこんだ。
この飾りの形…どこかで…。
「いい加減、俺を無視すんなよ!俺は犯人じゃねぇってわかったんだから、さっさと
離せ!!」
やっと落ち着いたその場の静かな空気を裂くように、少年の声が響く。
赤髪少年が、自分の腕を掴んでいたおじさんの腕を振り払い、ぱっぱと埃をはらう。
なんだろう、この子。さっきから、なんか態度がでかい…。
まぁ、無実の罪を着せられたんだから、それも仕方がないか。
何か思い出しかけたのに、いつのまにかそれがどこかへ消えてしまった。
ひとまずその場が落ち着いた為か、あの人垣がクモの子をちらすかのようになくなる。
1人の少女が彼の行動を嗜めると、赤髪少年はそれを無視するようにそっぽを向く。
まるで母親と息子の構図。
それにしても綺麗な女の子だ。
絹糸のように長くてさらさらした髪。ぴったりした服を着ているためか、はっきりとわかる
セクシーな身体のライン。
東京で歩いてたら、すぐ芸能界デビューの声がかかりそうな美人だ。
そして赤髪の少年。
顔は悪くないが、目つきが悪い。そのせいで顔の良さも半減。
着ている服は、生地といい布の質といい結構高そうだから、お金持ちなのかも。
それにしても、見事な赤髪だ…。
赤…………。
ドクンッ。
心臓が大きな音を立てる。
私は何かを忘れている。
大切な何かを忘れている。
赤にまつわる何かを。
そのまま赤髪の少年の髪の色を見ていたら、ふと耳に何かがつまったかのように、
周囲の音が消えた。
静かになったわけじゃない。目の前では、少女が少年を怒鳴りつけている姿は見える。
私の耳が聞こえなくなっただけだ。
そして響くのは、キーーーーーーーーーンという耳鳴りの音。
私が両耳をおさえてしゃがみこむと、異変に気づいたのか軍服の男性が近寄って来た。
それにローズさんも続く。
軍服の男性が私の身体を揺らし、その方向を見上げると、何かを喋っているのがわかった。
けれど唇の動きだけじゃ、何を言っているのかわからない。
私が首を振ると、手を差し出された。つられるように片手をそれに乗せると、
掌に何か書いてくる。
『み・み・が・き・こ・え・な・い・の・で・す・か』
私はそれに頷く。
キーンという耳鳴りが突然止まり、声が聞こえた。
ND2000 ND2018 ローレライの力を継ぐ者
人々を引き連れ鉱山の街へ向かう キムラスカに誕生す
そこで若者は 其は王族に
誰かの声。
聞き覚えのある声。
聞き覚えがあるとか、そういう問題ではない。
この声は…………。
まるで。
まるで……………。
声が消え、再びの耳鳴り。
身体の奥の奥、私の核、細胞の1つ1つが何かを訴えているかのような
そんな風にさえ思える耳鳴り。
気持ちが悪い。
私はそのまま、男性の胸に倒れこむように、意識を失った。
* * * * * * * *
額に温かい何かが触れるのを感じて、私はゆっくり目を開けた。
見覚えのある真っ白な天井。揺れるカーテン。
ただあの時と違うのは、そこにあの軍服男性の顔があること。
軍服男性は、熱があるか見るように私の額に手を当てて、私を見下ろしていた。
感じている温もりは、それだったのだ。
「気づきましたか。私の声は聞こえますか?」
ゆっくりと語りかける声に、私は頷く。
そこでやっと気づいた。あんなに五月蝿かった耳鳴りが止んでいた。
あの声も止んでいた。
「大丈夫です。聞こえます。」
「そうですか。聞こえるようになってよかったですね。医師も、身体に別状はないと
言っていました。身体疲労による一時的な難聴だったのかもしれませんね。」
「有難う御座いました。お世話をおかけしました。」
お礼を言いながらゆっくり身体を起こそうとすると、やんわりと肩を押し戻される。
「お気になさらず。身体を起こさずゆっくり休んでください。
私はここに連れてきただけで、診たのは医師です。
私は何もしていないに等しい存在ですから、お礼は無用です。」
「それでも、お世話になったのは本当です。」
「恩を着せる為に運んだわけではありません。それに、胸の中で倒れられては
無視をする訳にはいきませんから。」
ローズさんの家から診療所までは、村の中なのでたいした距離ではないように思える。
けれど、ローズ邸と診療所は村の端と端にあり、村の中でも一番遠い距離だ。
その距離を運んでくれたのだから、礼を欠きたくない。寝たままで対応するのは、失礼だと
思う。
意地をはって無理に起きようとすると、彼は強情ですねと苦笑した。
「耳も聞こえるようですし、特に気にする点もなさそうですね。
失礼させていただきます。」
「あ、はい。どうも有難う御座いました。」
彼はその言葉を受け、軽く会釈して部屋の扉を開ける。
彼とはもう、会う機会もないだろう。
でも、それは少し寂しいような気がした。
出て行く間際、彼は突然何か思いついたかのように歩みを止め、
私の方に振り向いた。そして彼自身も困惑しているのか、首をかしげながら
質問を投げかけてきた。
「下手なナンパのようですみませんが、一度、お会いしたことはありませんか?
例えば…幼少の頃に。」
「………?それは無いと思いますけど?」
私が此処に来たのはほんの数日前のこと。
幼少の頃の彼に、会っているなんてありえない。
「ふむ…私の勘違いのようです。すみません。」
彼は、再び会釈して部屋から出て行った。
小さな頃に会ったことが…………ある?
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