なつかしい。
      エンゲーブは、どこかそう思わせる場所だった。
      実家も農業をしているから、余計にそう思うのかもしれない。
      此処は農業が盛んで、野菜や果物を売る商人で活気に満ちている。
      村全体が一つの家族みたいに、協力し合って生活している。
      その分、余所者には住みにくいトコロなんだろうけれど、
      村長のローズさんの紹介もあってか、すぐ受け入れてもらえた。


     「、これを先生に持っていって貰える?先生に腰を診てもらったら、
      痛かったのが治ったんだよ。そのお礼。」

     「えぇ、わかりました。」


      私はあれから、(本当はそうじゃないけど)記憶障害を治すという名目で
      診療所にお世話になり、その上、小さな診療所の為か看護士が居ないみたいだったので、
      先生のお手伝いをすることになった。
      記憶障害とされているせいか、何を尋ねても気にすることなく教えてもらえたので、
      それはありがたかった。
      この世界、オールドラントのこと。エンゲーブを領地として治めているマルクト帝国。
      オールドラントをマルクトと二分するキムラスカ、そして、言語のことなど、
      生活に支障がない程度のことを教えてもらった。
      本もいろいろ貸してもらえたが、見たことも無い形の文字だった。
      だけど、私は最初からその文字を知っていたかのように、すらすらと文章が
      読めてしまった。
      文字を読むのに支障がないのは喜ぶべきことだけれど、見知らぬはずの文字が
      読めてしまうのは、やはり気持ちが悪い。
      だから此処にいる神様が私にくれた奇跡ってことにして、考えないようにした。




      ドンッ。


      宿屋の前を通り過ぎようとすると、ツインテールの少女と軽くぶつかった。
      籠を持っていたため下があまり見えず、存在に気づけなかったようだ。


     「ごめんなさい。大丈夫?」
      
     「あ、はい。大丈夫です。あ、そうだ、連れを見かけませんでしたか?
      私よりちょっと背の高いぼや〜っとした男の子なんですけど。」

 
      少女は少しよろけたけれど、すぐに態勢を戻し質問してくる。
      私は考えをめぐらせてみたけれど、今日会った人の記憶の中に、
      少女の言うことに該当する人物は見当たらなかった。


     「んー見た覚えはないかな。この村の人じゃないなら、見たらすぐわかると思うけど。」

     「そうですか。有難う御座いました。あーもぅ、イオン様ったら何処行っちゃったんだろ。」

      
      私がそう言うと、彼女は頭を軽く下げて宿屋の中に入って行った。
      彼女の探し人がすぐ見つかるといいんだけど…。
      

      ん…?


      宿屋から目線を外すと、小さな生物が食料庫から出て行くのが見えた。
      先程の少女と同じツイテールのような、大きな耳?の小さな生物が、手元に林檎を抱えている。

      
      チーグル。


      あの生物を見た瞬間、頭の中にその単語が浮かんだ。
      はじめから知っていたかのように、あの生物はチーグルなんだと自然に思えた。
      文字の時と同じだった。
      見知らぬはずなのに、なぜか知っている。
      それはまるで、嘘のはずの記憶障害が本当のことで、今まで居た世界の方が
      偽モノのようで怖くなった。
      私は無理矢理そのことを忘れようと首を振ると、林檎の籠を地面に置き、
      チーグルの後を追った。



      チーグルはエンゲーブを出ると、まっすぐ、あるポイントの方へ移動していた。
      その先に目をやると、一際大きな木が生えている。
      チーグルの森だ。チーグルが森の中へ入っていく。


      『決して1人で外に出ては行けないよ?ましてや森なんかは魔物が強いし
       キケンだからね。』 


      ローズさんに口を酸っぱくして言われた言葉が頭を巡る。
      その間にも、チーグルはどんどん先を行く。 


      ええい、知るもんか!!


      私は見失わないように、急いで後を追った。




     「何処行ったのよーーーー。」


      鬱蒼と木々が生い茂る森の中を、チーグルの姿を求めて走る。
      森の中に入ると途端に視界が悪くなり、チーグルの姿を途中で見失ってしまった。
      とりあえず叫んでみたものの、出てきてくれるわけもない。
      やまびこが響き、それもいつしか消えた。
      森は静かなもので、チチチとさえずる鳥のさえずりが聞こえる以外は、
      ローズさんがあれだけ言っていた魔物も姿が見えない。
      チーグルの動きは意外に早く、散々走ったので息が切れた。
      ゼェゼェと荒い息を吐きながらしばらくその場で立ち尽くし、諦めて踵を返すことにした。
      自分の体力の無さがうらめしい。
      
      
      森から疲労困憊でエンゲーブに戻ると、なんだか村が騒がしかった。
      ローズさんの家の周りに、人だかりがしている。


     「俺じゃねぇって言ってんだろ!!」

     
      大きな声が響き、その声の主に対して果物屋のおじさんが怒鳴っている。
      人だかりの隙間からローズさんの家を覗くと、開いた扉の向こうで、
      赤い長い髪の少年が、地団駄を踏みながらおじさんに言い返す姿が見えた。
      その傍に、青い軍服の男性とローズさん、1人の少女の姿が見える。


     「何かあったんですか?」

 
      傍に立っていたおばさんに尋ねると、おばさんは忌々しげに少年を見つめながら答えた。


     「食料泥棒だよ。さっき食料庫の食料の備蓄量を調べたら、食料が減ってるのが
      判明したんだ。あいつはさっき、果物屋の林檎をお金を払わずに食ったんだ。
      結局、あいつの連れが金を払ったから済んだ。でもお金を払ってないのに食ったんだ。
      どうせ手癖が悪い奴に決まってる。犯人はあいつだよ。」

      
     「食料泥棒………?」


      思い出すのは先程のチーグルの行動。
      チーグルは林檎を抱えていた。
      まさか犯人は……………。


     「私、犯人知ってます。あの子じゃない。私、行かなきゃ!」

     「え?ちょっと?!?」

      
      このままじゃ、あの少年が無実の罪で捕まってしまう。
      私はローズさんの家へ行こうと、人ごみをかきわけた。
      それより一足先に、見知らぬ白い服の少年が、ローズさんの家に
      入っていくのが見えた。


     「少し気になったことがあるので、食料庫を調べさせていただきました。
      そしたらこの毛が。」

     「こいつは……聖獣チーグルの抜け毛だねぇ。」

     「ええ。恐らくチーグルが食料庫を荒らしたのでしょう。」

     「そうです、彼は犯人じゃないです!!」


      私はなんとか人ごみから抜け出して、中に飛び込んだ。
      私に、皆の視線が一気に集まった。


        

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      セリフはだいぶいじってます。
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