先程と同じ要領で背中から腰に手を回され、ぐっと身体が密着する。
     その瞬間、なんだか泣きたいような思いにかられた。
     ほっとするような、苦しいような、せつないような気持ち。
     何が起こったのかわからないのか、霞や他の2人は目を丸くする。



    「先程少しケンカしまして、彼女に追いつくのが遅れました。
     の恋人のはたけ カ……カツオです。」



     恋人という単語が、私の心に甘い波紋を描いていく。
     投げやりになっていた心をぐっと引き寄せるには充分だった。
     けれど、あの名前はどうなんだろう。
     ただでさえ顔も漫画のキャラクターと同じなのに、名前も同じだと怪しまれると考えて、咄嗟に
     思いついた偽名を口にしたんだろう。それにしたって、カツオって……………。
     そういえば昨日、テレビでサ○エさんのアニメを見ていた。
     さっきまで怒りで頭が沸騰してたはずなのに、泣きたくなった次には、笑いがこみ上げてきた。
     こみ上げてくるものを必死で堪える。



    「なんだ、居るのね、そういう人。なんか、余計なお世話だったみたいね。
     いつから付き合ってるの?」



     キョトンとしていた霞は気を取り直し、笑みを浮かべて尋ねる。
     霞は、カカシさんの名前について気にもとめていないようだ。
     動揺に紛れて深く考えられる暇がないだけだと思うけど。



    「3日前からです。つい最近だから、まだ他の人に伝えてなかったんだと思いますよ?ね?」

    「う…ん、うん、そうなの。教えてなくてごめんね。」



     私の代わりにカカシさんが霞に答え、私もそれに頷き、続いて答えた。
     3日前からの付き合いであることに間違いはないから、動揺することもなく自然に返せる。
     たとえそこに恋情がなかったとしても…。



    「そっか…。あ、一応紹介しておく。この彼は、佐東啓くん。実はあんたと同じ大学に通ってるのよ。
     学科は違うかもしれないけど。」

    「どうも。佐東です。」



     カカシさんとのことがなければ、そのまま知り合いになり、もしかしたら付き合うことになったかもしれない。
     そんな風に思える好青年だ。
     余計に居場所がなくなったせいか、彼の笑顔はぎこちない。せっかく連れ出されたというのに、
     彼には悪いことをしたと思う。ほんの一瞬でも、カカシさんのことを忘れる為の、代用品にしようと
     したのだから。
     



     忘れる…為…?



     心に何かがひっかかる。



     なんで、無理に忘れようとするの?
     なんで、なかったことのようにふるまおうとするの?
     彼が、この世界の人ではないから?
     彼が、4日後には居なくなるから?



     居なくなる。
     二度と会えない。



     お棺の中で目を閉じるあの人の姿が、カカシさんに重なってだぶって見えた。



     ズキン。



     心臓がえぐられるような激しい痛みを感じた。




    「なんか付き合いだした2人に悪いし、もう解散しよっか…。」




     霞の言葉に、私は頭の中を現実に引き戻された。
     私とカカシさんの為というよりは、佐東くんに対してのフォローなのだろう。
     もちろん、佐東くんを紹介しようとした霞の気まずさも含んでいるはず。
     霞の申し出に私も頷く。このまま一緒に行動したって、会話が弾むようには思えない。
     別れ際、皆は笑顔を浮かべていたけれど、内心、複雑だったに違いない。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *




    「「…………………………………。」」



     みんなと別れて2人きりになってもぎこちなさは無くならず、黙ったまま2人でマンションへ向かう。
     一旦黙ると、何かきっかけがない限り会話がはじまらない。こんな空気のまま部屋に戻ったところで、
     以前の雰囲気に戻れるはずもない。
     何かきっかけを作ろうと悩んでいると、カカシさんが急に足を止め、私に頭を下げた。



    「さっきはゴメン。やりすぎた。」



     私の方に視線をむけるその目からは、悔いる想いで満ちているようにみてとれた。
     でも私はまだほんの少し心の内側がぐるぐるしていて、すんなり受け止められなかった為、
     反抗的な態度をとってしまった。




    「ホントですよ。…ああいうのは、心臓に悪いです。」

    「があまりに可愛い反応をしたもんだから、暴走した。ほら、あれだよ。男は狼ですよっていう
     じゃない?」

    「本当に謝る気、あるんですか?」

    「ゴメンナサイ…。」

    「冗談でも、していいことと悪いことがあると思います。」

    「じゃあ、冗談じゃなかったらよかった…?」

    「そういう問題じゃありません!」

    「ゴメンナサイ…。」




     口では反発していたが、内心、ドキリとして息が止まるかと思った。
     もし冗談じゃなかったら、私はどうしただろう。
     あのまま気持ちを受け入れてしまっただろうか。
     それとも、「いつか帰ってしまう人だ」と拒絶していただろうか。


     
     先程の状況だったら、冷静な時にどんな考えを持っていたとしても、どちらにせよ、
     状況に流されて受け入れてしまったかもしれない。
     それだけ、はたけカカシという存在は魅力的だった。
     まるで麻薬のように、一度近づいてしまったら、逃げられない気がした。
     それは、私の心を強張らせるには充分すぎた。



    「でも…。」

    「でも?」



     カカシさんは続ける。
     


    「嫌いだったら、あんなことしないよ。」



     再び、心臓がガシリと掴まれる。
     心臓から血が勢い良く全身に巡りだし、身体が火照っていく。
     でも私はつとめて冷静に返事した。



    「…どういう意味ですか?」

    「そのままの意味。さ、夜ご飯の買い物でもして帰ろう。」



     なんとなくはぐらかされたような気がした。
     胸の奥が、また別の意味でぐるぐるした。
     なんだか悔しくて、私もやり返す。



    「私…確かに、カカシさんが冗談であんな態度をとったのは腹が立ちましたけど、
     追ってきてくれたのは、嬉しかったですよ。」

    「…どういう意味?それ。」

    「そのままの意味です。さ、夜ご飯の買い物でもして帰りましょう。」



     私がカカシさんの真似をしてそう返すと、カカシさんが噴出して、私も笑った。







      過去にいろいろあるのです。
      まだ謎は謎のままに……………イヒ(何)