野口さんがお財布から何人も消えていった。
逆さまにしたらレシートばかり落ちてきて、虚しくなった。
それが私の幸いです
「とりあえず、これで何とかなると思うんです。髪の色は、銀髪に染めたバンドマン
だとか説明すればいいし、瞳は片目にカラーコンタクトをいれてしまえばいい。
口元は、風邪ひいてるってことでマスクしちゃえばいいと思うんです。
どうしても口元を隠したいなら…ですけど。」
あれから私は、すぐさま近所の量販店に走り、上着とジーンズを購入した。
着させてみると、その姿は、安物の服なのに、なんでこんなにと思うくらい格好よかった。
1枚2000円の上着が、1枚1万円のブランドモノにさえ見える。
顔とスタイルがいいって得だ。
思わず自分の姿を鏡で見てしまい、はぁとため息をついてしまった。
あの口布をとった顔を間近で見れたのは、すごく嬉しかったけれど…。
それから、とりあえずもう夜遅いからという理由で休むことにした。
客用布団を敷き、私はベット、カカシさんは布団に横になる。
お互い恐縮しながら目を閉じ、気づけば朝だった。
もしかして起きたら夢だったって落ちじゃ…とか思ったけれど、
彼はすでに起きていて、あの黒い本に何か仕掛けは無いかと、
逆さまに見ているところだった。
そんなこんなで、現在に至る。
「何から何まで有難う。悪いね、いろいろと。」
「いえ。何から何まで、悪いのは私ですから………。」
「コラ。気にするなって言ったでしょ。」
額をピンッと突かれ、再び俯きかけた私の顔にわずかながら笑みが浮かぶ。
「それにしても、俺が漫画のキャラクターとは…ねぇ。」
感慨深げにつぶやきながら、カカシさんはNARUTOの漫画をパラパラとめくった。
カカシさんの話によれば、今はサスケくんが里を去ったあたりらしい。
その先のことを知ってしまわないように、私はその後の巻をダンボールに入れて
ガムテープで封印した。たとえカカシさんが先のことを知ったとしても、彼なら
それを利用して、事をうまく進める器量はあるだろう。
しかし、そうしたら歴史を変えてしまうことになる。
それは、ゲームを攻略本を見ながら進めるようなものだ。
人生に攻略本なんて存在しない。あってはいけないのだ。
彼もそれをわかっているのか、先のことを知ろうとはしなかった。
ポーンッ。
トースターからこんがり焼けたトーストが飛び出した。
コーヒーメーカーで淹れたコーヒーと一緒に、トーストをカカシさんの元へと運ぶ。
実家から出て1人暮らしするようになってから、ここでこんな風に誰かと朝を過ごすのは久しぶりだ。
前の彼氏と別れてからだから…一年ぶりかもしれない。
「あ、有難う。」
おなかがすいていたのか、嬉しそうに受け取りそれにかぶりつく。
たかがトーストを焼いただけだけれど、喜んでもらえるのは嬉しい。
私もカカシさんの前の席にテーブルを挟んで座り、トーストにかぶりつく。
誰かと一緒に居るというだけで、おいしく感じる気がする。
食べる瞬間、漫画内では隠れてしまっている口元を思わず見てしまい、ドキンと心臓が跳ねた。
改めて見ると、物凄く綺麗な顔だ。通った鼻筋、すっとした一重瞼。片目に縦に走った傷が
少し痛々しい。
私の視線に気づいたのかぱっと目があったので、その場をごまかそうと質問を投げかけた。
「とりあえず、今日はどうしますか?何か知りたいことあります?」
「そうだねぇ……この辺の地理とか生活の仕方も学んだし、それを実践してみたい。」
「じゃあ今日はこの辺りを案内しますね。そのついでに必需品の買い物もしましょう。」
カカシさんにはこの世界とNARUTO世界での通貨の違いや、電車などの乗り物、テレビ、パソコン等
文明の利器の使い方まで、生活に支障の無い程度のことは教えた。新しい知識を得たら、それを実行
してみたいと思うのは当然の感情だ。
「んじゃ行くー?」
「待ってください!その前に……。」
化粧ポーチを急いでとりにいき、リキッドタイプのファンデーションを差し出す。
「さすがにそんな傷がついている人が居たらみんな驚きますから、化粧で隠しちゃいましょう。」
「……あぁ、里じゃ普通だからまったく気にしてなかった。」
たとえ外見をこちらの世界の服にしてごまかしたとしても、左目に走った傷はカカシさんを
目立たせてしまう。姿はかっこいいモデル風でも、あの傷だけで裏世界の住人と思われて
しまうんじゃなかろうか。
それは避けたい事態なので、ファンデーションでなんとかごまかした。
これでカカシさんの姿は、極道系イケメンから、モデル系イケメンだ。
「おーーーーー木の葉には無いものばかりだ。これが車、これが信号機…。」
カカシさんはまるで子どもみたいに、嬉しそうに周りの景色を見回す。
はたから見れば、都会に来た田舎者だ。
通行人が、その姿を見てクスクス笑みをこぼす。
それが少し恥ずかしくて、必死でカカシさんの腕を引いた。
「珍しいのはわかりますけど、少し落ち着いてください!」
「あぁ、ごめんごめん。つい…ね。」
カカシさんは謝りつつも、未だ気になるのかきょろきょろと視線だけ動かす。
確かこの(サスケが里を出る)時点で26歳だし、原作ではあんなに大人っぽかったのに、
こういう一面もあったのか、と驚くと共に親しみを覚えた。
でも、こんなことばかり続くのはちょっと勘弁して欲しいかも。
通行人の視線の集中は、カカシさんの変な行動のせいだけではないようだった。
傍を歩く女性は、皆、カカシさんの顔をみてほうっと顔を赤らめ、隣にいる私には羨みと嫉妬、
露骨な人は、なんでこんな女がこんなカッコいい人と一緒に居るの?と言いたげな目線さえ
送ってくる。身分不相応なのはわかってるけど、ここまではっきりわからせられるのはつらい。
そんな視線をまったく気にしていないのか、
「、そっちは危ないみたいだからこっち側においで。」
カカシさんは、歩道の車道側を歩いていた私の右手を左手で掴むと、歩道側へとぐっと引っ張った。
必然的に、カカシさんが車道側になる。反動でよろける私を支える為に、まるで抱き合うような格好に
なった。
「有難う…ございます。」
心臓の拍動が激しい。
「どういたしまして。」
カカシさんの行動に、さっきまでの嫌な気分がどこかへいってしまった。
私が体勢を直すと、カカシさんの身体はすぐに離れ、あんなに熱かった手に冷たい風が触れて通り過ぎる。
先程まで握られていた手を、なんだか名残おしくてぎゅっと握り締めた。
「買い物するんだよね?何買うの?」
「とりあえず、今日一日の着るものは買いましたけど、カカシさんの明日からの服や…そのー……。」
「…あぁ、あれは女の子には買いにくいか。」
そのアレを購入する為、訪れたのは、あるデパート内の下着売り場。
ここは大きなワンフロアに、真ん中で区切って女性向けのものと、男性向けの売り場に分けられている。
かつて恋人はいたことがある。父の下着だって見たことあるし、目の当たりにすることに抵抗はない。
ただ、それを買って誰かにあげるという行為に抵抗があるのだ。
「私は向こうに行ってますね。お金は渡しておきます。」
五千円札を渡すと、下着売り場の直ぐ傍のパジャマ売り場を指差し、そこから離れた。
けどパジャマ売り場に着いて早々、気になってカカシさんの方ばかり見てしまう。
カカシさんは、備付の買い物カゴを抱え、下着売り場を右往左往している。
男性用下着って、どんな物が売ってるんだろう。
父の下着はいつも母が適当にワゴンセール品を買っていたし、どんなものがあるのかをじっくり
見たことは無い。
ちょっとだけ………………。
こっそりと売り場に戻り、近くにある下着を見物する。
けれど、私が居るのは明らかに場違いなところだった。
カカシさんに見つからないようにと、端の方の下着売り場に行ったのが間違いだった。
そこにはまるでホストがつけるんじゃないかと思えるような、ヒョウ柄だとか布の部分が少ないもの
ばかりが置かれている。
思わずカカシさんがつけているところを想像しそうになり、ぶんぶんと頭を振ると、
「それを俺につけて欲しいの?」
「うわぁ!」
急に真後ろから声がかかったので、驚いて手にしていたヒョウ柄ビキニパンツを放り投げてしまった。
「ふーん…これをねぇ…。」
それをパシッと受け取り、まじまじと見つめるカカシさん。
「違います!違います違います違います!セクハラですよ、それ!」
「冗談だって。さて、これ買っちゃおうかなー。」
「カカシさん!!!!」
目の前にヒョウ柄パンツをちらつかされ、怒気を込めて声をはりあげると、カカシさんはおかしそうに
笑った。
「さっさとレジに行って下さい!」
「はい、はい。」
カカシさんはくすっとえみを零し、踵を返してレジの方に歩いていく。
その時ふと、私の頭の中にある記憶がかすめた。
誰かの背中を、必死に追いかける私。
その相手は、なかなか私に気づかない。
そんな私を襲うのは、大きな孤独感。
ぎゅう。
「…あのー、。背中の服を掴まれると、レジにいけないんだけど…。」
「あっ!ごめんなさい!」
無意識に、手がカカシさんの背中に伸びていたのだ。
カカシさんは首だけ振り返り、こちらを見下ろす。
「一緒に行こうか。」
カカシさんの言葉に黙って頷く。
「は俺の買う下着が見たいみたいだしー。」
「ちょっ…そんな理由で服掴んだわけじゃありません!!」
私が怒ると、逆にカカシさんは笑う。
そんな顔を見ると、私の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
凄い。もう笑えている。
寂しくない。
ある文章の部分で、「トースターからこんがり焼けたトースターか飛び出す」と
書いてました。
どんだけでかいトースターだよ。しかも焼くなよ。