こころのあざ



    「先輩。今週の土曜の夜、夏祭り行きますから。青学校門前に6時集合っス。」

    「え…?は…?おい、一体何の話……?」



     夏休みも間近に迫ったある日、図書委員の仕事を越前としていたら不意にそう声をかけられた。
     

     
     あの告白後、越前は少しも私に対する態度を変えることも無く、はたまたこれといって会話数が
     増えるわけでもなく、私はまるで何事もなかったかのように日々を過ごしていた。
     告白されたということさえも、まるで夢だったかのようにさえ思える。
     そんなある日の出来事だった。



     一緒に行きませんか?という誘い言葉ではなく。
     行きますからという、すでに決定事項なお言葉。
     そんなこといきなり言われたら、混乱しないわけがない。
     私の頭の中は、クエスチョンマークが大行進どころか百鬼夜行だ。




     貸し出しカードの整理をしていた手を止めて顔をあげると、先程まで本の整理をしていたはずの越前が、
     カウンターの向こう側から立ち膝状態で、カウンターに頬杖をついてこっちを見ていた。
     


    「夏祭り、先輩と行こうと思って。」

    「行こうと思って…って、私の意志は無視なわけ?」

    「部活のみんなと行こうって話だったんスけど、男だけで行ったって楽しくないし。」

    「いや、だからね。私の意見を聞こうと思わないの?」

    「だから部長に、『1人連れて来たい人いるけどいいっスか?』って聞いたら許可されたんスよ。」

    「おい、わざとか!わざと私を無視してんのか!」

    「雨降らないといいですよね。」

    「もう、わかったわよ!私の意見はとことん無視なんでしょ!行ってあげるわよ!」

    「じゃあ、約束っスよ?」


     
     そんな会話をした数日後の夕方、私は青学校門前に向かっていた。
     相手は越前だし、と思ってキャミソールとジーパンという格好で行こうとしたら、祖母に無理矢理捕獲されて
     現在、浴衣を着用中。祖母曰く、夏祭りといったら浴衣!らしい。
     髪も格好に合うようにといじられて髪留めでアップにされて、うなじがでてる。
     普段こういう格好しないから、結構気恥ずかしい。
     自意識過剰かもしれないけど、傍を通りすぎる人みんな私のこと見てる気がしてならない。
     だって、たまにバチっと目があってしまうんだもの。


     多分それは、私が歩いて行く方向のせいだと思う。
     青学の校門は祭りの会場とは反対の方向だから、逆方向を歩く浴衣の女は珍しいはず。
     よりによって、なんで校門前で待ち合わせなんだろう。


     
    「もしかして、そこを歩いているのはか?」


    「え?」



     一体誰だろうと、聞き覚えのある声に振り向いてみると、背のひょろりと高い黒ぶちメガネ男が居た。
     同じクラスの乾貞治だ。
     女子はみんな「データばっかりとってる変な奴」ってイメージが根強いらしくあまり近寄らないけど、
     私は同じクラスになってはじめての席替えで隣同士になってから、よく喋るようになった。
     今じゃ仲のいい友達って感じ。



    「こんばんは、乾。」


    「ああ、こんばんは。向かっている方向から考えると…が青学校門前に行く確立95%というところだな。
     越前から誘われたか。」


     
     どうやら足を進める方向が同じようだったので、並んで一緒に歩き出す。



    「うん、その通りだよ。そういや乾は何でこんなとこに?」


    「何でって、俺も祭りに行くからだ。校門前で待ち合わせという話だからな。」


    「あれ…乾も校門前に行くの?あれれ…?そういえば、なんで私が校門前に行くってわかるの?
     越前に誘われたとかも。」


    「本来なら部活のメンバーだけでいくはずだったが、越前が手塚に頼み込んでいたからな。
     越前が誘ったのでなければ、祭り会場とは反対方向に向かうはずがない。第一、の家はもっと
     祭り会場からは近い。理由もなければ、そんな格好でここまで来るわけがない。」



     そういや越前は、部長に許可とったとか言………………部長……?



     Q:越前は何部ですか?
     A:テニス部です。
    
     Q:不二くんは何部ですか?
     A:………テニス部。



    「あああああああああああああああああああああああああ!!!」



     何か大事なことを忘れているような気はしていた。そうだ忘れていた。
     越前は「部活のみんなと行こうって話だったんスけど」と言っていたんだ。
     それはつまり、つまり、つまり…………ふふふふ不二くんも………居るんでは……。



     居るに決まってるじゃん!!!!!!



     会いたくない、会いたい。
     二つの気持ちがせめぎあっている。
     まだ傷口がふさがったわけじゃない。
     まだ相変わらず、あいつとは喋っていない。



     というか、何でそんな大事なことに気づかなかったの…私。
     あの時は混乱していたし、無理矢理押し切られたのもあって、すっかり忘れていた。
     行くべき?それとも帰るべき?

     どうしよう。



    「一体何だ??」



     私がいきなり叫び声をあげたので、乾は驚いたのかビクっとしてのけぞった。
     なんかいつも飄々としてるイメージがあるから、こんな驚く乾は珍しい気もする。
     


    「…まさか、メンバーに不二が居ることを忘れていた…とか?」

    「そのまさかだよ……どうしよ…って、待て待て待てぃ!なんでそこに不二くんの名前がでるわけ!?」



     乾には自分が不二くんのことを好きだなんてこと言ったこともないし、だいたいこいつに恋愛話なんて
     するわけがない。まずこいつに相談したところで、うまくいくとも思えない。一度、「友達が知りたがってる」
     って名目で不二くんのデータを知ろうとしたら、「秘密」とか言いやがったし。
     だから余計に、乾の口から不二くんの名前が出るのはおかしい。



    「メンバーの精神面を知ることも、試合に勝つ上で重要なことだ。日常のちょっとしたことも、試合に影響する
     恐れがある。越前のことを調べていたらおまえの名があがったから、ついでに調べた。悪いな。」


    「ついでにって…私の恋愛事は、駄菓子についてくるおまけか何かか!」



     バシっと背中でも叩いてやろうとしたけれど、さっと避けられた。
     キィィー!むかつく。
     今度、あのデータノートをこっそり破ってやる!



    「怒っているところ悪いが、そろそろ現場に着くぞ。帰るなら今のうちだ。どうするんだ?」


    「…行くわよ。ここまで来ておいて行かないのは、越前に悪いし…。」


 
     校門まではあと200メートルほど。
     誰がいるのかはよく見えないけれど、今は校門前には数人の姿がある。
     乾と連れ立って歩いてる姿は目撃されてるはずだし、突然踵を返す方がかえって目立つ。
     仕方がないけれど、覚悟をきめるしかない。



    「それにしてもなんで越前は、部活のメンバーも居るのに私を誘ったりなんか…。」


    「越前は、が不二を好きなことを知っているのか?」


    「うん…まぁね。だから余計にわかんない。」


    「なら、越前は恐らく………。」
 

    「恐らく………?」


    「頑張れ。超えられない試練を神は与えないとか言うだろう。」


    「何?そのごまかし方。」


    「大体、気づかない方がまぬけだろう。」


    「うぐっ………!痛いとこ突かないでよ。」



     乾は何かに気づいたんだろうけど、私にはまったくわからない。
     何度聞いても、『頑張れ』という言葉だけでごまかされた。
     大体、試練って何よ…。



     そうこうしているうちに、校門前についてしまった。
     校門前には、テニスコートでよく見かけたメンツ。
     今日はバンダナをつけていない海堂くん。
     不二くんと同じクラスの菊丸くん。
     あの前髪はどうなってるんだかいつも気になる大石くん。
     現在居るのはその三名。


     乾と一緒に来た私の存在が異質で気になったのか、菊丸くんが一番最初に私達に話しかけてきた。



    「あれー乾ってば、彼女いたの!?乾の癖に。」


    「乾の癖には失礼だろ。それにコレは俺の連れじゃない。越前の連れだ。」


    「コレって言うな。」


    
     他の人に見えない位置から下駄で乾の踵に蹴りを入れた。
     靴を履いてるから衝撃は少ないだろうとは想ったけれど、案の定、乾は微動だにしなかった。
     
     私がそんなことしてる間も、興味津々なのか菊丸くん達はじーっとこちらを見ている。



    「はじめまして。乾の彼女になるくらいなら、頭を丸めた方がマシな、です。
     コレとはクラスメイトなだけです。越前に誘われたから来ました。」


     私はそういって、会釈した。
     いちおう向こうにとってははじめましてだし、話した事はなかったのでなんとなく敬語になってしまう。
     それと乾の『コレ』発言がむかついたからやりかえしてみた。



    「菊丸より失礼だ…。」



     乾がため息をついて肩を落とすと、そのやりとりが面白かったのか、菊丸くんは噴出した。
     大石くんはというと、いちおう乾を可哀想と思っているのか苦笑いし、海堂くんは
     ちょっと面白かったらしく少しだけ口元が緩んでいる。
     テニスコートから見てるといつも怒ったような顔してるけど、海堂くんってこんな顔もするんだ。
     珍しいもの二つ目だ。



    「ぶくくく…面白ーい。俺は、菊丸英二。英二って呼べばいいよ。よろしくニャ。」


    「俺は大石秀一郎。よろしく。(なんか額辺りを見られてるような気が…。)」


    「……海堂薫っス。よろしく御願いします。」



     菊丸くんに続くように、次々と自己紹介していく。
     テニス部メンバーって人気が凄いし、なかなか近寄りにくいからこういう風に知り合える機会があるのは
     嬉しい。

     ふと、私と向き合っていたはずの菊丸くんが私の後方に目をやった。



    「お、不二だ。こっちに来るのが見える。おーーーーい!こっちこっち!」



     ビクッ。


     その名前を聞いただけで、心臓が締め付けられる。
     ゆっくりゆっくり振り向くと、こちらの方へ走って向かう不二くんの姿があった。
     男の集団の中の紅一点の私が気になるのか、私に視線を向けている。
     


     ドクンドクンドクン。



     不二くんが一歩一歩距離をつめていくたび、私の心臓の動きが激しくなる。
     何度吸っても吸っても、うまく息ができない程緊張が高まっていく。



    「こんばんは。まだあんまりメンバー揃ってないんだね。」



     不二くんが、そこにいるメンバーの顔を見回す。

     嗚呼、あの笑顔が目の前にある。
     傍にいるだけで、身体全体が熱を持っているように感じる。
     
     メンバーの顔を見ていた不二くんの目が私にとまった。



    「こんばんは。もしかして、越前に誘われたのかな?確か、そんな話をしてた気がする。」


    「こんばんは。越前に誘われて…来ました。です。」


    「やっぱりそうか。宜しく、さん。」



     名前を呼ばれただけで息がとまりそうになった。



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