「私と仕事、どっちが大事ですか?」
こんな質問をする女ほど、うざい者はいない。
そもそも人間と形の無いモノを比べること事態、間違いだ。
そんなこと私だって、充分過ぎる程に分かりきっている。
だけど、私の誕生日の前日から一ヶ月もかかる任務にいってしまうというのだから、
文句の1つも言いたくなるってもんだと思う。
年上のゲンマさんには、つきあって2年も経つというのに強くでれない。
そんな私が、ぽつりと零した不満だった。
何でもないことのように台所で料理しているゲンマさんが任務のことを告げたので、
思わずその背中に吐いてしまった言葉に、クナイで自分の声帯を切り裂いてしまいたくなった。
ピタッという音が聞こえてきそうな程、ゲンマさんが忙しく動かしていた手が止まるのが
はっきり見て取れると、後悔の念が私の体温を一気に下げていった。
気持ちの悪い黒い塊のようなものが、私の奥底で肥大していく。
それが私の血液にのって全身に巡り、私の心を地底にまでおしさげた。
もうだめだ。
おしまいだ。
喉はからからに乾いていくのに対し、変な汗が額にじわりと浮かぶ。
泣きたいのに涙もでない。
ぐつぐつという鍋からの音と、ジューというフライパンからの何かが焼ける音と匂いだけが、
部屋にひろがる。
まったくの無音でないだけが、少しの救いだった。
「おい、、顔あげろ。」
ずっと無言だったゲンマさんの声に怒気があるように感じて、顔をあげられなくて、
そのまま頭を振る。
ゲンマさんの困惑に歪んでいるであろう顔を見たくなんかない。
余計につらさが増すだけだ。
「顔あげねぇと当るぞ。」
「え…何がですか?」
ゲンマさんから飛び出した奇妙な言葉に、気になって不意に顔をあげてしまった。
瞳に入ったのは、満面の笑み。予告されたにもかかわらず、ゲンマさんから投げられた
何かを、頭で受け止めてしまった。
「ちょっ、ちゃんと取れよ!大丈夫か?」
ゲンマさんはコンロの火を止め、私のところに駆け寄る。
患部を撫でられるたびに、気持ちがゆっくりと浮上していく。
足元に転がっているのは、綺麗にラッピングされた小さな包みだった。
すぐに開けてしまうのが惜しくて、ゆっくりと包みをあけていく。
中にあったのは、小さな鍵だった。
「鍵って、この部屋の?でも部屋の合鍵なら、すでに貰ってますよ?」
「これは、俺の鍵。俺が家に帰ったときに、部屋を開けるときに使ってた鍵だ。」
「え…でも、2つも渡しちゃったら、ゲンマさんが家に入れませんよね?」
「が家に居たら、入れる。」
意味が飲み込めず、ぽかんと口を開けてしまう。
けれど次の言葉で、私は息をするのも忘れてしまった。
「と仕事のどっちが大切かなんて聞かれたら、はっきり答えはだせない。
はで大切だし、仕事は仕事で大切だ。時には仕事を優先しなけりゃならない時も
あると思う。でも、が居るから仕事を頑張れる。だから、俺の部屋でずっと、
俺の帰りを待ってろ。」
思っても無い言葉だった。
待ってろってことは、部屋に引っ越して来いってことで…。
つまりは同棲をしようってことで…。
「返事は?」
「はい、はいはい!わかりまし…た。」
そう返事すると、ゲンマさんは満足そうに笑みを浮かべた。
今日、この日のことを、私は忘れない。
「あ、言い忘れてた。その鍵、給料3ヶ月分の鍵ってことで。」
「え…え、同棲しようって意味じゃ…。」
「給料3ヶ月分の指輪は、サイズわかったらちゃんと渡す。いいか?」
「え、えええ、ええええええ!?」
終
前サイトでのリクエスト作品でした。
リクエスト消化が遅れて申し訳ありません。
リクエストシチュエーションは、鍵を渡す、年下設定でした。
短か!